TAKUDAI TRIVIA~拓大トリビア~

拓大とイラスラームの
ふか〜い関係!?

日本人ムスリムとして初めて日本にイスラーム世界を紹介したのは、拓殖大学第一期生の田中逸平であるが、田中が中国でイスラームに入信した頃、学生にイスラームへの関心を喚起したのは、後藤新平の要請で植民政策の講義を担当した大川周明であった。極東軍事裁判中に、文芸書で約500ページにおよぶイスラーム教の聖典「クルアーン」を全文翻訳したという逸話は有名である。その後、1931年には、学生有志により、イスラーム研究会の前身であるアフリカ研究会が誕生。同会で活躍し、卒業後、アフガニスタンの日本大使館に赴任した斉藤積平が戦後の拓大イスラームスクールを牽引した。斉藤を引き継いだ飯森嘉助とともに、1960〜70年代、多くの拓大生をイスラーム圏に送り出した。その脈々と受け継がれる歴史の中で、2002年にはイスラーム研究のシンクタンクを目指す「拓殖大学イスラーム研究所(現・イスラーム研究所)」を設立。いまでは、学食メニューに「ハラール食(ムスリムディッシュ)」対応がなされる全国有数の大学のひとつだ。まさに、「日本のイスラームに、拓大あり」なのである。