TAKUDAI PROFILE~拓大人物図鑑~

日本水泳の先駆者、
拓大初のオリンピック選手。

静岡県今井村(現・袋井市)に生まれた小野田は、幼い頃から病気がちで体が弱く、小学5年生までは泳げなかった。そんな彼が本格的に水泳を始めたのは、浜松中学校入学後のことだった。 水泳指導の知識もノウハウも十分でなかった当時、「ただひたすら泳ぐ」という練習法を繰り返してはめきめきとタイムを縮めていく。拓大に入学すると、1年生で全国大会優勝。近所の人々からは、「拓大のカッパ」の愛称で呼ばれるほどのヒーローであった。そして、卒業の翌年となる1924年、パリで開催された第8回オリンピックで日本水泳チームの主将として出場する。

小野田は800メートルリレーでアンカーを務めた。スウェーデンの絶対王者アルネボルクにゴール直前で追い抜かれ、惜しくもメダルには届かなかったが、堂々の4位入賞を果たす。その他にも、極東大会(現・アジア大会)に3回連続で出場。3種目に優勝するなど日本水泳界の花形選手として目覚ましい活躍を見せた。水泳がヨーロッパ一強の時代にあって、日本水泳の実力を世界中に知らしめた小野田は、拓大で初めてオリンピックに出場した卒業生でもあった。そこから100年。拓大はオリンピアン輩出の名門校となり、「スポーツに強い」大学としていまも進化を続けている。